太地イルカ漁をめぐる論争、中国が新領域に

Excellent media interest wherever we went - as here, at the Hangzhou Book Fair. Photo: Sasha Abdolmajid

著者:ショーン・オドワイヤー。明治大学国際日本学部特任准教授。
翻訳:塚本仁希

2015年06月29日ジャパンタイムズ掲載

Excellent media interest wherever we went - as here, at the Hangzhou Book Fair. Photo: Sasha Abdolmajid

2015年4月、杭州市の「ザ・コーヴ」イベントで本にサインする共著者のリック・オバリーとハンス・ロス

今年4月、和歌山県太地町で捕獲されたイルカの取引を動物虐待行為であると世界動物園水族館協会(WAZA)が断定し、この判決により日本動物園水族館協会(JAZA)に資格停止処分が下された件がマスコミを騒がせた。

しかしその同月、メディア露出は比較的少なかったが、太地の捕獲イルカ輸出市場にまた大きな影響を及ぼしそうな事態が発生していたのだ。4月21日から28日までの間、『ドルフィン・プロジェクト』の代表、リック・オバリーとスイス人ジャーナリストのハンス・ロスは中国を訪れ、中華書局によって翻訳された二人の共著本を広報するために各都市をまわった。太地の捕獲イルカ産業について書かれた同書の題名は、オバリーがナレーションを務めた2009年アカデミー賞受賞映画と同じく、「ザ・コーヴ」。

この本を中国で宣伝した理由についてオバリー氏は、「太地から輸出されるイルカの大半は中国に送られているが、日本からのイルカ輸入の禁止を求める草の根運動も始まっている。中国の人にとにかくこの本を読んでもらい、問題についてもっと知ってほしかった」と話す。

クジラ類の生態輸出産業データを集めるオンラインサイト「Ceta Base」もオバリー氏の主張を裏付けている。2002年から2014年にかけて太地がイルカを輸出していた17カ国のうち、最も取引が多かったのが中国の水族館であり、全売上の60%と売上総利益の71%を占めているのだ。

ツアーの反響は二人を驚かせ、「初版30,000部で3ヶ月の間に売り切れた」とのことだ。同行したドイツ人の独立環境活動家、サーシャ・アブドルマジドは「動物福祉に関する本がこれほどメディアの注目を集めた例は見たことがない」と中国の出版元から言われたそうだが、訪れた各都市(北京、杭州、上海、成都)のマスコミからは確かに好評を受けている。有名新聞紙、北京青年報に掲載された批評に書かれた宣言文はこうだ。「この本『ザ・コーヴ』は私達の前に質問を投げかけています。: あなたは、それでも水族館に行くためにチケットを購入しますか?」

中国文化における動物に対する姿勢にまつわるステレオタイプについては明らかに再考察する必要があるが、その話はあとでしよう。まず先に、このツアーとWAZAの判決が今後、太地のイルカ追い込み漁どのような影響を及ぼすのか考えてみたい。イルカ漁が廃止されれば太地の漁師にはどのような選択肢が残されるのか?これらの質問を太地に詳しい活動家や学者に聞いてみることにした。

・和歌山大学で太地の捕鯨伝統を研究しているサイモン・ワーン教授はWAZAの判決や中国での活動がイルカの追い込み漁を止めるだろうという期待に疑念を抱いている。「生態取引がいつか終わろうが終わらなかろうが、太地町の食糧のためのイルカ漁まで止める事はできない。そのような思い込みは太地の人々やその地域に対する誤解だ。いずれは食文化を守るための小さな抵抗が起こり、生産量と需要は現在のレベルに近い程度で落ち着くだろう。」

“太地ウォッチャー”として長年活動を続ける動物福祉活動家のエム・ベッティンガーに話を聞くと、判決を喜ぶ声の代わりに慎重な反応が返って来た。大金をはたいてクジラ公園や保護区を新設しても成功につながるとは限らない、と彼女は意見する。それでも、太地と新宮(和歌山県沿岸部のより有名な観光地)をつなげる高速道路が建設中であるので、「クジラ公園施設が成功しなくても太地への交通アクセスは改善される。他の事業が開発され、地元の観光業への支えになることを期待している」と話す。

同じく太地ウォッチャーであり、『セーヴ・ザ・ブラッド・ドルフィンズ』のキャンペーン・マネージャーを務める山口たかよさんは「政府からの援助があれば」太地の漁師はイルカ追い込み漁をやめると信じており、「別の国内観光地の実例のように、持続可能なクジラ類観光業に移行すればよい」と意見を述べる。しかし、野生イルカ漁が禁止されれば、太地町のくじら博物館を含む日本の水族館は「独自のイルカ繁殖に取り組み始めるかもしれない」とも話す。

太地町の捕獲イルカ取引に、より強硬な態度を取るよう、リック・オバリーと共にWAZAに圧力をかけてきた環境団体「エルザ自然保護の会」会長の辺見栄は捕獲イルカやイルカ肉の市場が衰退すればイルカ漁師達は従来の漁業に復帰でき、「海で(イルカ)ウォッチングも可能」と推測する。「追い込み猟は、文化でも伝統でもありませんが、伝統として残したいなら、方法を変えて、博物館のなかで残すべきで、それは、可能だ」と辺見氏は語る。

世界中から糾弾され、WAZAから処分が下ったにもかかわらず、ワーン氏が断言するようにイルカ追い込み漁が今後も継続されるのはなぜなのか。そしてなぜ山口氏、ベッティンガー氏、辺見氏が推進するような代替的観光業やビジネス起業を太地町が受け入れないのか、ある外国人読者は疑問に思うかもしれない。“これは傲慢なエゴの極致ではないのか?”しかしそう考えるのはグローバル化時代において強力な魅力を放つ文化ナショナリズムを過小評価することになる。自国の国柄が他国と比べてどれだけユニークで特別であるかを見せる手段として、食文化などをしばしば利用するのが文化ナショナリズムだ。

太地町は歴史的に日本の「捕鯨発祥の地」であり、鯨肉にまつわる文化ナショナリズムの砦でもある。これまで活動家達が攻撃すればするほど、支援者達は団結し、「自分たちの伝統的な食文化」に「西洋的価値観」を押し付けてくる部外者を拒み続けてきた。クジラ類肉を食べる日本人の数が激減しており、イルカの捕獲商売は食文化でも伝統でもないにもかかわらずだ。

成長を続ける中国の動物福祉運動の様子から、「西洋」の動物の権利の啓蒙者達を「非西洋」の伝統文化と対立させる文化本質主義的な台本は時には事実に当てはまらないというのが分かる。文化は流動的であり、自国の文化に対する国民の態度も変化する。

2015年4月、杭州市の「ザ・コーヴ」イベントで本にサインする共著者のリック・オバリーとハンス・ロス

2015年4月、杭州市の「ザ・コーヴ」イベントで本にサインする共著者のリック・オバリーとハンス・ロス

具体的には、近年の中国では動物福祉団体が強い影響力を持ち始めている。2014年にはカナダが中国にアザラシ製品を輸出する計画を中国の団体連合が阻止し、「中国人は何でも食べる」とカナダのアザラシ産業関係者が豪語した発言が国民の怒りを買った。活動グループは国内のグルメ業界にもターゲットを定め、フカヒレスープの消費に対する啓蒙キャンペーンを繰り広げ、注目を集めることに成功し、犬肉業界にも反対運動を起こし始めた。

犬肉やフカヒレが政治的にも批判されている今、中国の食文化を“西洋化”から守ろうと国民に対し訴える声も上がったが、今のところ反応は薄いようだ。中国共産党の立場から見ても、このような問題に関する市民社会活動を制限的に許可する事は食の安全や環境規制の向上に役立っているのかもしれない。

中国都市部において動物福祉への意志の高まりが急速に広まっている事実はさほど驚くべきことではない。ヒューメーン・ソサエティ・インターナショナルに属する中国政策専門家、ピーター・リー氏曰く、「2011年以降、中国で爆発的に広まっている動物愛護活動はポスト工業時代の西洋文化圏で環境活動を連想させる」が、発展の斯道は類似するものの、比較的短縮されている。「経済成長は都市化や可処分所得の増加につながるので、人々は日々の食事の調達以外の事にも目を向けるようになる」とリー氏は説明する。

30年にわたる急激な経済成長期に増え続けた中国都市部の中産階級は消費基準のライフスタイルを重んじる物質主義からそのような蓄積や消費から生じる環境コストに疑問を持ち始め、今ではポスト物質主義に移行してきている。動物を消費のための物体以上の存在と理解する意識はそこから始まるのだ。

インターネットやソーシャルメディアの世界進出もこの意識改革に一役買っている。ジェーン・グドール・インスティテュートの香港事務所の代表を務めるロザンナ・インは「様々なプラットフォームや媒体を通して中国国内に情報が流れこむ今、中国の活動家は色々な活動議題について学ぶ事ができるようになりました。『ザ・コーヴ』の本があれほど中国で大きな反響を呼び起こした理由のひとつがそれです」と話す。

Before an informal public talk at Luming Book store in Shanghai. From L-R: Sasha Abdolmajid, Hans Peter Roth, Maria Nangle, Ric O’Barry, Pearl Han, He Long

「ザ・コーヴ」の共著者ら、中華書局出版社スタッフや友人と上海にて

ピーター・リー氏は、イルカショーや水族館に対する反対運動は日本より中国の方が活発になる可能性がある、と話した。なぜならば日本では反捕鯨・イルカ保護活動団体は小さく、断片的であるからだ。この件に関しては著者が以前ジャパン・タイムズで説明している

日本のクジラ類肉“食文化”を象徴する太地町のステータスは今でも国内の脆弱な反発から安定して守られている。産経新聞の記事は「太地の捕鯨は400年の歴史がある。どんな敵対勢力があったとしても前を向いて続けていく」という言葉でまとめられているが、今後もし捕獲イルカ商売が終わり、外国人旅行者が好むエコツーリズムの選択肢もないままであれば、この産経記者が書くような太地の「伝統」と「誇り」を守るための機会費用は増額するだろう。

しかし、伝統と誇りに対する思いは経済議論はもちろん、人道的議論に対してうまく反論できるものではない。太地町のイルカ追い込み漁をめぐる争いは今後もまだ続きそうだ。

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